またの冬が始まるよ


至高への探求?



     3



今日のところは一本取られたようなものだったからか、
微妙な面持ちとなって帰っていった梵天を送り出した釈迦牟尼様。
一応は玄関まで出たところから引き返し、こたつに戻ってふうとこぼれた吐息が1つ。
座ったそのまま潜り込んだ格好の足元や腰回りを
軽めの布団と保温機能で優しく温められての安堵…では勿論なくて、

 “どこまで誤魔化されてくれたやら、だよな。”

さすがは宇宙創世の主神でもある尊で、
そこはブッダも認めておればこそのこと。
抜け目がないというか隙がないというか、
イエスの不審な行動とやらへ、自分が並べた一通りの弁明を、
あの梵天がどこまで本気で信じたものだろかなんて、
彼自身からしてそんな方向で気をもむようにして案じている辺り。
引っ繰り返せば、全部が全部 そのまま真実ではないのだということでもあって。

 “嘘はついてないんだし、気に病む必要はないのだけれど。”

ほんの数日前に、何ということもなくの“ながら観”で観ていた映画紹介番組。
その中にて交わされていた “壮年男性の色香 云々”というお説を
二人してへーほーと感心しつつ聞いてたのは本当だし。

 “……。////////”

ブッダにふさわしいのは自分よりももっと大人の、
余裕あってこその稚気あふれる言動がお似合いな、
重厚で頼れるタイプなんじゃないかなんて、唐突に言い出したイエスなのも嘘じゃあない。
まさかに梵天へ早速あたってたとは意外や意外で、
珍しくも行動の早かったイエスだったのへ驚きつつも、
その二つの“ホント”が実は直結してはいないのを、巧妙に誤魔化して伝えたブッダだったのであり。

 “そうなんだよね。
  自分の個性にそこまで自信がない彼ではないはずなのに…。”

梵天へと出した方はとっとと片づけたので、
こたつの天板に載っているのは自分の湯飲みだけ。
丁度これと同じ風景の中で、
ほんの昨日の今時分、いきなり降りかかってきた展開へは、
当事者のブッダだとて何が何やらと混乱しもしたワケで。
もうぬるくなってるお茶を、だが淹れなおす気分にもなれぬまま、
天板の縁へ双腕を重ねるようにして載せ、少しばかり背中を丸める格好となり。
昨日はこのまま転寝しちゃったんだよなと、
コトの発端というか、
ややこしくこじれている現状の始まりを思い返してみるブッダだったりする。



     ◇◇


厚顔な天部様から不意打ちのように持ち込まれた原稿依頼は、だが、
忙しい年の瀬に面倒なという障害ではあるものの、もはや毎年のこととなってもおり。
それって考えようによっては“恒例行事”のようなもの。
なので、何とはなく心づもりもしてあったため、
軽妙なネタをひねり出すのも特段苦労はしないまま、
指定された8枚という原稿も、数日ほどで粛々と片づけることが出来。
年越しの大掃除やお正月への準備やらのスケジュールが
微妙にずれ込んでしまったのが、途中でついつい気がかりにはなったれど。
それを幸いと言っていいものか、
イエスが そちらも恒例の雑貨屋さんでのアルバイトを始めたので。
二人でいるのに“ぼっち”にさせるのが心苦しいなという重圧がなかったのは助かったよなと、
これでもいろいろと並行して抱えていたんですよという葛藤、
それこそ修養の成果で欠片もはみ出させぬままに胸の奥底へと押し込んで、
効率だけを優先してのこと、ただただ黙々と、集中してあたっていた原稿が、

 「終わったぁ〜〜〜。」

記録的な短期間、8枚を絵コンテから4日で仕上げたという快挙を達成し、
誰もいない六畳間で、それでも思わずの歓喜の声を上げてから、
そのままばったりと畳へ倒れ込む…ということはなく。
作法もそのまま戒律の一部としているほどに
折り目正しく姿勢よく、
身の回りのお世話を致しますと志願する者が数多いても
出来ることは自分で手掛けるのが基本だとする、
清楚玲瓏な生活をしておいでの釈迦牟尼様としましては。
精魂尽き果て疲労困憊の極みにあった体に鞭打って、
ペン先を拭ったティッシュや スクリーントーンの切れ端などで散らかし倒したこたつ周りを掃除し、
天板にも墨汁汚れが転写しておれば拭き取って。
出来るだけ立ち上がらないでいいよう、
ペットボトルで飲んでいたお茶や資料にと引っ張り出してた過去の原稿など
雑多なものが散らばっていた室内を片付け。
インクや墨汁、修正液などで汚れた手や顔を洗って清めて…さて。

 “よぉし、これで取りこぼしはないな。”

お片づけに遺漏のないこと確かめてから、
やっとこたつに凭れかかるようにして、
久々の安息を堪能するぞと構えたブッダだったものだから。
ほんのちょっとだけのつもりが、
相方のイエスが帰還した気配さえ拾えなかったほど深く眠ってしまってたらしくって。

 「……あ。」

何かの気配につつかれたというのじゃあない、
寝足りた結果というよなそれは自然な目覚めをしたブッダが、
自分の視野の中に見つけたイエスは、
転寝をしていた自分を邪魔してはいけないとただただ見やってたらしく。
目が覚めて、視野と意識のピントがあってゆくのと同時進行で、

 「あ、ごめんね。帰ってたの気づけなかったなんて…。」

気づかないで眠り続けてたなんてつれないよねと思う反面、
ちょっと待てと、ブッダの中で別な違和感がもぞもぞと蠢く。
外から戻ったイエスは、まずはただいま〜と元気よく声掛けをするだろし、
それへの反応がないならないで、返事が返るまでこちらを呼ぶのがセオリー。
たまにこういうシチュの下、起こしちゃいけないと気を遣ったとて、
言っちゃあ悪いが…例えば冷蔵庫の開けたてとか、
PCを引っ張り出そうとしてうっかり積んでた雑誌もどさどさ雪崩させるとか、
何かしらのお茶目な失態をしでかして、結果、起こしてしまうのがお約束なはずで。
そういう“毎度おなじみ”な展開のないまま、
しかもしかも、ああごめんねと声を掛けると、

 「…うん。」

やや力ない返事をしつつ、何だか微妙なお顔をして見せたので。

 “あ、これは…。”

これは…放置するとどこかへすっ飛んでいきそうな勘違いとか、
自分が転寝している間に身の内へ何か抱えたなと、
そこは 聡明だからというよりも付き合いの長さから、あっさりピンと来たブッダ様。

 「イエス? 何か思い詰めてない?」

原稿へと集中していたといったって、イエスを二の次になんてしたつもりはなくて。
彼が居る間は会話がまるきりなかったわけじゃない。
出来る範囲で手伝ってもくれるくらいなので、
これはよそ見とは違うからと、そこだけ苦しい言い訳をしつつ、
目が合えば ふふーvvなんて、言葉は載せずともという微笑い合いもしていたほどで。
だからこそ、数時間前に雑貨屋さんへと送り出したときとまるきり違う
元気のなさや覇気の薄さには何かあったなと感じたし、

 “…まさか、だよね。”

この萎れようには覚えがあって、
それが嫌な予感をブッダの胸の裡へと運び来る。
そう。
あんなに余裕があった、そこが光の者由縁の朗らかさであったはずが、
いきなり“私なんかでは釣り合わないのでは?”なんて
ブッダからすりゃ唐突に言いだしたという前例があったのを思い出し。
落ち着きたくてとその手を胸元へ伏せれば、

 “やっぱり、なのかな。”

セーター越しなので手には伝わらぬが、その代わり。
胸元の側へ触れたあの指輪が、微妙に冷たい気がするから。
これは相当に打ちひしがれてるイエスだなと、
嬉しかないが その洞察に後押しを得たようなもんだとし、
気を逸らそうったってそうはいかないと、
イエスも愛でておいでの深瑠璃の双眸で
じいっと見つめて問いただしたところ、

 「…うん。あのさ。」

珍しくも正座をしているイエスが、自分のお膝を手のひらでこすりつつ紡いだのが、

 「ブッダには、私よりもずっと大人の、
  寛容な存在の方がお似合いなんじゃないのかなって。」

 「…イエス?」

最初は、おや寝てる、原稿あがったんだな疲れちゃったんだなと、
見たままの解釈をして、
そのまま寝かしといてやろうと
声を立てないように構えたところまではいつも通りだったのだけれど。
可愛いなぁvvという眺めようをしていたらしいのが だんだんと。

 こんな魅惑的な存在が、
 天界の宝ものみたいな存在が、私なんぞの腕の尋に収まるものだろか、と

そんな風に不安になってきたと言う。

 「何なんだい、それ。」
 「だから〜。////////」

こたつの天板に腕を敷いて枕にし、
そこへと凭れるようにして寝入ってた如来様の寝姿は、
そんなありふれたシチュエーションだったにもかかわらず、

 「どんな天使や天女さんより、
  それはそれは神々しいほどきれいで艶っぽくて。///////」

まろやかな肢体を柔らかく萎えさせて、
しなだれかかるようにしていた姿の しどけない嫋やかさとか。
睫毛の陰を頬の縁へ淡く落として伏せられていた、瞼のラインの儚さとか。
日頃からも綺麗だなと思ってたところへ、警戒感のなさが甘い紗を掛けたように見え。

 『あ、あれ?////////』

ただその姿を見ているだけで、胸の鼓動が勝手にドキドキして来て、
何で何でと焦ってしまったほどであり。

 「そうまで素敵なキミが、
  私の恋心を受け止めてくれた、恋人になってくれたんだって。
  いつもなら舞い上がっちゃうところなのにね。」

その焦りが選りにもよって、

 「私ってば、なんて余裕がないんだろうって思ったの。」

イエスには滅多になかろう、猛烈な引け目を呼んだ。
知的で聡明、我慢強くてどんな相手でも受け入れる慈愛の如来で、
しかもその上、こぉんな瑞々しくも麗しい尊には、
もっと頼もしい存在こそ相応しいんじゃないかって…。

 「イエス?」

懐ろの尋が深い中で甘やかされていて、
そこでもって翻弄されてしまうような
でも結局は守られてる、そんな大人の稚気というか余裕というか…と。
どう言えばいいのかなと、
不器用そうに言葉を探して心の中を爪繰っているらしいイエスなのを見て、

 “あ、これってもしかして。”

その空回りからでさえ、何か察するものがあり、

 「ジョニデでは ジョージ・クルーニにはかなわないんだ。」

などと、
判りやすいんだか判りにくいんだか、妙な一言をこぼしただけで

 “そっか、先日観ていた映画評論の。”

それは熱心に、壮年男性のちょい悪な色香を語ってた女性の弁のあれこれを、
選りにもよって こんな間合いで思い出しちゃったイエスだったようだと、
そこまでは語られていないというに、あっさりと拾えたブッダ様。
彼が捕まったらしい危惧とやら、何とはなく読めちゃった冷静さと聡明さには、
我ながら可愛げがないかもなぁなんて感じたけれど。
判った途端に、まったくもうと呆れたり怒ったりするよりも、

 “こんなに可愛らしくてひたむきな人から愛されてるんだなぁ。////////”

あまりにも判りやすい躓きとか気づきとか。
本人にもひょんな弾みで思いが及び、
もう今更じゃない?とこっちが呆れるほどのことを、
純粋さゆえに看過できなくてだろう。
私、キミに強引すぎではなぁい?と、震えながら訊いてくるようなもの。

 「だからあのね? 私では、大日さんとか梵天さんには敵わないと思うんだ。」
 「…何でそういうチョイスになるかな。」

仏界の最高位の如来とされる大日様とか、彼らにはお馴染みの最強守護神の梵天様とかと、
揺るがぬ威厳とか余裕のある尊として、口を突いて出た顔ぶれのあまりの極端さへ。
あのねぇと此処はこのまま勘気だったほうがいいのかなと、思わないでもなかったが、

 “でもなぁ…。”

今の今、打てば響くという反射で言葉を返しても、
果たして素直に聞いて飲み込む彼だろか。
妙な思い込みにカッカして、
人の話を聞く耳も頑なに塞がれてる彼じゃあなかろうかという恐れもあった。

 “しょうがないなぁ、もう。”

感情的な力づくで言い聞かせるんじゃなくて、
穏やかにやんわりと窘めれば、
なんとか大丈夫だろうとの心持ちもしっかりと。
熱さましのようなものとして
一晩ほど時間を置いてみようかなと構えることにしたブッダだったらしく。

 「…寒かったでしょ? ご飯にしようね。」

お鍋だからすぐ出来るよと、やや強引に話題を切り替え。
暗にその話はもうおしまいと持ってったのだけれども。

 まさか その翌日という速攻で、イエスが行動を起こそうとはと、
 不意打ちを食ってしまったのが計算外だったブッダ様。
 これはうかうかしていてはもっと突っ走ってしまいかねないなぁなんて、
 危惧し始めた次第だったのでありました。







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 *なんか長くなってきたので半分に分けますね。


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